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もうそろそろお昼だから送ってこうねと、ここいらの大通りをお散歩歩調で歩いていたルフィとわんこたちご一行に、何の前触れもなく襲い掛かった魔の手があって。どうやら人違いで攫われたようだと判明したご家族サイドと違い、
「知らないったら知らないよっ!」
こちらは…てんで状況が判っていないルフィくん。事情とか何とか、背景的なものまでは まだよく判らないけれど、もしかしなくとも“力技で拉致された”らしいというのは判っていて。まさか、ゾロの関わったお仕事のどれか、ライバル関係の人が何か企んでの横槍をしたいとか? それか、イベントや企画展開を依頼した側の人じゃあなく、イベントを催すにあたっての資材や人材を提供しますとアピールしたけど、残念 入札で落ちたっていうよな関わりの人たちからの逆恨みかな。でもでも、そういうのって会社を恨まないか? ゾロは頑迷で融通が利かなくて、ワイロとかちらつかされたら却っておへそを曲げるような堅物だから。そこを恨まれたの? 車での移動中のずっと、あーでもないこーでもないと、色々なシチュエーションを考えてた奥方。なので、よって…よもや、
「誤魔化してんじゃねぇよっ!」
「あの辺りでお前くらいのガキはそうそう居ねぇんだ。」
下手な言い逃れしてんじゃねぇと怒鳴られた。そう。某有名商社の企画部にて出世頭のロロノア=ゾロ氏へではなく、ルフィ本人への御用があった人たちだとは思いも拠らなくて。しかも、
“…もしかしなくとも、こいつら俺んこと、るふぃと取り違えてないか?”
屋敷の裏の庭がどうの、声を掛けて来ただろうがだの。覚えの無さ過ぎることばかりを並べられたが、その一つ一つがいやに具体的で、いいかげんな因縁つけとも思われず。揚げ句に、
「拾ったもんがあるだろよ。それを出せって言ってんだっ。」
………なんというのか。判りやす過ぎです、誘拐団の側の皆様ってば。(苦笑)
「だから、知らないっつってんだろっ!」
童顔で小柄という見かけのファニーさから誤解されやすいが、これでもこっちのルフィさん、世界中の裏街道をサンジェストさんと二人、逃げ回ってた蓄積だって持っていたりし。しかもしかも、それって単なる鬼ごっこじゃない、一か八かでビルとビルの屋上同士を跳んで渡ったり、交通量の多い車道を少しくらいなら がつごつ削られてもいいからと強引に突っ切ったり。多少の怪我はすぐにも快癒する身だったのをいいことに、とんでもない荒技だって使いまくりだったから、その度胸も実は半端じゃなかったりし。こんな…よく判んないけど子供相手に何人もがかりじゃないと掛かれないような、そもそものドジとやらにしたって、ビクビクしてたからこそ やっちゃったって感じの、何から何まで 何とも中途半端な連中だってのは、何となく匂いで判っちゃってて。
「人質二人も持って来ちゃうような手際の悪い連中に、偉そうにされる筋合いはないよ〜だっ!」
何でもいいから連れて行けとでも思ったか、船頭多くして山に登りたかったのか、どういう勘違いだかルフィと一緒にいた子犬、真っ白いウェスティくんまで、ボックスカーに引き擦り込んでた連中であり。
『…なんでこんなのまで乗ってんだ?』
『いやあの…。』
るうママが咬みついた悪い人。なので、カイくんも見習って咬みついたらば…カイくんは小さすぎたか、咬みついたまんまで軽々と撤収されちゃったらしく。…どっちにしたってドジはドジに違いない。そして、
「…っ!」
「なんだと、ごらぁっ!」
不手際続きだってことへの自覚もあってのこと、ルフィからの指摘はよっぽど手痛いポイントを抉ったか、お怒りの反射も鋭い鋭い。(苦笑) そこへと、すかさず畳み掛けたのが、
「小者な人ほど図星突かれると怒るっていうよね。」
怯えるどころか、大きな瞳をかっと見開いての威風堂々。言い逃がれなんてさせやしないよとの勢いも健やかに、それは力強くもすっぱり言い切ったもんだから…ああ、こらこら、ルフィ奥様。いくら頼りない相手だからって、余計な挑発はしない方がいいのかも。頼りないからこその浅慮が暴発したらどうするね。じゃあ家人に持って来させようって展開が変わったならば、その交換条件に“人質”に出来る大事な存在のあなたがただってのに…そこまで考えが全く及ばず、取り返しのつかない暴力をふるうなんて大馬鹿だってやりかねませんぞ? 言ってる傍から、
「言わしときゃあ小生意気にもっ!」
今日びの子供は口が達者だってのは知ってたが、何だこいつの生意気さはと、とうとう頭に血が昇ったらしいのが一人、腕を伸ばして掴み掛かろうとしかかったところへ、
「やめな。」
向背からの、いやに滑舌のいいお声が掛かって。それを聞き逃さず、全員が随分と強引な“一旦停止状態に”なったところから察するに。その人こそは、
“このトンデモ窃盗団の頭目ってとこだろな。”
ルフィ奥様、結構強気です。(苦笑) 何たってその懐ろには、ふるふる震えている小さなウェスティくんをしっかと抱えておりますゆえ。思わぬカッコで…子を守るための“母性”が発揮されたのかも知れません。誰が出て来ようと関係ないという勢いのまま、睨み据えるようなお顔を崩さないルフィの視線を、そちらさんもまた真っ向から受けて立ったのは。いつの間にかこの煤けた部屋へと踏み込んでいた、ルフィからすりゃ“新顔”の男性で、
「でも、兄貴…。」
「こんなガキ、2、3発叩いてやりゃ吐きますぜ。」
息巻く舎弟たちへ向け。怒っているやら呆れているやら、表情の乗らない真顔のまんま、一人だけしゅっとしたスーツ姿の彼は、薄い口元へ外国たばこだろういやにカラフルなフィルターの紙巻きをくゆらせながら…短い一言と視線とだけで、
「だから。そんなしても無駄だって。」
「う…。」
数人の…その筋の人間らしい獰猛そうな手下らの、憤懣や言い訳をねじ伏せてしまったから、なかなかの格と人望の持ち主であるらしく。
「大体だ、そのわんこを見て、あん家の坊主だって気づいたんだろうけどな。だからって、此処へまで連れて来てどうすんだ、まったくよ。」
おやおや、どうやらこの運び、彼の思し召しではなかったらしく。中の一人へぎろりと、少しばかり重みを加えた一瞥を向ければ、その相手がひぇえぇ〜〜〜っと見るからに萎縮した。まあね、確かに。こんなことをしたからには、こちらの面々のお顔をこの子が覚えてしまってる。誘拐事件で攫われた対象が戻される事なく殺されてしまうケースが多いのは、犯人を間近で見てしまった、これ以上はない証人になってしまうからで。単なる捜し物が一転、誘拐騒動にまで発展したことを冷静に自覚しているのも、どうやらこの人だけであった模様。
「どっちにしたって今は持ってないらしい。そこは間違いないんだしよ。」
肩越しに投げられた視線の先。そこには、埃っぽいこの室内に見合いのテーブルがあって、携帯電話やタオル地のハンカチ、鍵が5つほど収められたキーケースに、それとお揃いの小銭入れ…などという、ルフィのポケットを浚った中身が置いてあり。彼らが欲しているものは、生憎とその中には無かったらしいから。
「こうなったら家の人間へ連絡して、持って来てもらおうじゃないか。」
この人までがそんな風に言うところから察して。どうでもいいものじゃあないから、こうまでして探しているのだよと、そこだけは譲れないらしいということがルフィにも窺えて。
“でもなあ、ホントに何の話だか、分からないし…。”
ろろのあさんチには、全く無事な るふぃが居る訳だからして、彼を預かっているぞなんて連絡を取っても“何の話でしょうか?”と、本気で首を傾げられちゃうかも知れず。
“………ゾロ、今頃心配してるんだろうなぁ。”
あ〜あ、なんでこんなややこしいことになっちゃったんだろか。理不尽極まりない展開へ、お腹が空いてたのも忘れ、む〜んっと不機嫌そうに唸ってしまった奥方だったりしたそうです。…ある意味、余裕?(苦笑)
◇
さて、こちらさんのサイドでは。サンジがロロノアさんチのPCへ ごそごそとセットしていたのは、特別な電気信号を通じさせしむための回線用コードだったらしく。それを“いい子は真似しちゃダメだよ”方式で、お部屋の片隅にセッティングされてあったPCケーブル出力穴へとセットし。延長コードよろしく割り込ませる格好にして、その反対側へ改めてPC本体のケーブルと繋いで、さて。
「こういう古い町並みであれ、防犯用のシステムはさりげなくも最新式のが設置されてるってのはよくある話でね。」
キー操作を始めると、PCのモニターじゃあ追っつかないからと繋ぎ変えた、リビングの大型画面液晶テレビに映し出されたは、
「これって此処の前の通りの…。」
「監視カメラの映像ですよ。」
町内会で加入している管理系統を担う会社は、防犯対策にも余念がなくって。
「ここいらには、現役を引退なさった上での安泰な隠居生活をお送りの、お年を召した方々が多くお住まいだ。それぞれ、元は資産家や業界の名士だった方々でもあるのでしょうから。」
そういうところへの出費へは、ご本人はもとより、ご家族の方々だって糸目はつけないに違いなく。そこで、寂しい土地ではあれ、そういう先進の監視システムもさりげなく設置してあったらしく。………但し、
「本体メモリはさほど大きくなかろうが、それでもどこか…中継地あたりのサーバーに、これの録画映像が集積されているはずだから、それを覗かせてもらって…あ、これこれ。これを巻き戻して………っと。」
こんな凄腕のハッカーに侵入されての、逆探知だの勝手に流用などされようとは、考えてなかったかもですが。手順も鮮やかなら、指令コマンドのコードや何やを入力する、キーボード操作やタイピングもそれはそれは軽やかで。事情を知らずに見ていたならば、シューティングゲームの乱れ打ちモードが展開されている、PCゲームのデモンストレーションのように見えたかも。かたかたかたたたた………と、機械自体の反映さえ追い抜かんという速さで、白い指先から打ち込まれてゆくコードの羅列。猛然というスピードでモニター画面上のダイアログを一つ埋めながら、早回し映像のようなノリにてどんどん、上へ上へとスクロールさせている。一体何が行われているのか、生憎と、今 此処にいる面子には大枠でしか理解出来てはいなかったのだが、
「あ…。」
英数字や記述記号などなどの乱舞だったダイアログ・ボックスが後ろへ追いやられ、先程 大写しとなっていた別の画面が再び前へと招かれる。家の前の通りを録画していた映像が、今は早回しの逆走を展開しているらしく、
「この車だ。」
ろろのあさんチの方のぞろさんが、画面を見て思わず呟き、その傍らでるふぃも頷く。これまた高性能、高解析を謡った、最新型デジタル画像だったから、拡大しても画像は乱れず、ナンバープレートもしっかり把握出来たが、
「恐らくは盗難車かレンタカーだろな。」
常習の犯罪グループじゃあない、産業スパイだのによる急造チームであったとしても、足がついては元も子もないのだという判断くらいはしていようし、そこまで至っていなくとも、
「持ち主の自宅が判っても仕方がない。」
たとえハンドルを握ってる者の住まいが判っても、どうせ今はもぬけの殻だろう。そうではなく、ルフィを連れてる今現在、どこにいるのかを知りたいのであり、
「他の、幹線道路や何や、有りったけのモニターを浚ってみるよ。」
音楽用のCDを持ち運ぶような、ジェリー素材のソフトなポケットが幾つもついたケースから、ようよう選んで取り出したディスク。PC本体へとインストールし、起動させると現れた操作画面へ、さっき割り出した車種らしきアルファベットをインプットする。モニターには、地図のダイアログが新しく開き、葉脈のように縦横に走る道路の上、サンジの操作に引っ張り出されるかのように赤い点がぽつぽつと現れたが、車種を限定してゆくと、それによる ふるいが掛けられてのこと、再び数が減ってゆき、
「車の色の指定を入れて…。これだ。」
どういうソフトか どっから入手したかは極秘だと、言を濁し通した彼だけど。カタログ写真のようにきっちり鮮明ではなく、結構な速さで走行中な上、様々な角度で撮られていよう画像から、指定した車種の車を狙い違わずピックアップしてしまえるという、恐ろしいものを使ったサンジェストさんだったらしい。最新鋭で且つ、実在のテクニックや機材しか使わない、アメリカの科学捜査ドラマ『CSI』シリーズにも出て来ておりましたから、市販されているかどうはともかく、そういう形で指定車両を膨大な資料の中から解析・探査出来るというソフトがあるってのはホント。その探査によって追跡出来た車輛は、本物か偽造かはともかく、ナンバープレートも照会条件に入れたせいでか、1台だけに絞り込まれてあり、
「最後に通過した地点はさすがにそんなに遠くはないな。それに…。」
その赤いマーク、検索探査続行中にセットされてるにもかかわらず、そこからならば次に通るだろう、幾つかの監視カメラのどれにも姿を現さない。モニター上の地図へと丸い輪が書き足され、
「この地点から、半径…これだけの範囲の中に。」
詳細な地図をサーチしつつ、PC直結の方のモニターを睨んでいたサンジが、心持ち前のめりになっていたその身をようよう起こすと、
「ルフィとカイくん、
俺たちの大切な存在を勝手に持ってった奴らが居るってこった。」
此処にいる面々へ、その心情と…これからどう当たりたいのかまでもを代弁しているかのよな、低い声にての口ぶりで。くっきりと断言して見せたのであった。
◇
その半径内だとサンジが絞り込んだ範囲は、幹線道路にほど近い街道沿いであり、さして広い輪でもない。そこへと至るまで、その車が保っていた速度で走行し続けているものならば、どんなにぐるぐると迷走してみても とっくにどこかから出て、次の監視カメラのどれかへキャッチされるだけの時間は経っている。だってのに…モバイル端末に移してそのまま持ち出した探査ソフト、カイのことで頭がいっぱいの ぞろパパさんが、食い入るようにじっと見据えてる画面には、最新情報が常に自動更新されてるにも関わらず、なかなか新しいところへ動かないところを見ると、
「移動はしていない…ということか?」
監視カメラの設置されていない、道なき道へと突っ込んでまでの迷走中だって可能性もなくはないが、
“だったらもっと手前、雑木林や何やが混在する地点はいくらでもあった。”
それに比べて、彼らがそこへ潜ったままだとされる地域には、新興の別荘地が整備されつつある住宅街が広がっているので、それこそGPS仕様の最新鋭監視システムなんぞもこれでもかと設置されており、そんな宇宙からの目を掻いくぐってまで脱出が図れるようなゾーンは一切ない。
『ルフィ本人、それが本来は こちらのるふぃくんへのものであれ、連れ去った本人へ聞きたいことがあっての誘拐ならば、その尋問の必要もあろうから。』
となると、答えは一つで。
『どこかへ腰を落ち着けていると見ていいな。』
という訳で。ろろのあさんチ・サイドでは、お留守番を任せるツタさんに、万が一にも誰ぞからの連絡が入ったらどうするかを重々言い含め。ロロノアさんの方の別荘の固定電話には、携帯電話への通話転送の処置をした上で。素人とは思えぬ手際でのあっと言う間、そりゃあお見事にも絞り込めた、犯人たちの逃走&潜伏先があるとみられる地域へと、実際に乗り込むこととなったご一行であり。少し大きめ、ロロノアさんチでバカンス中の数日分を借りていた、こちらもボックスカーに乗り込んで、いざ出発と相成った。
『警察へ届けようっていうのは、誰も思わなかったわけ?』
そんなお声が上がったのが、事態収拾後にやっと…というのが、何と申しましょうか、彼ら2組のご家族が、どこかで“似た者”カラーだったことへの揺るぎない証しではなかろうかと思われもした訳ですが。………まぁま、それも今はさておいて。
「住宅街とは言っても。」
別荘が中心の、しかもまだ造成途中のお屋敷も目立つという、新興も新興、バリバリに木の匂い漂う地域が多く。これでは目撃者は見つかるまいし、逆に言えば…許可なくこっそり、まだ空き家状態の新居へこっそりお邪魔というのも、いくらでも可能だろう。
「作業中の工務店の方々がいるところはさすがに避けてるだろうな。」
お仕事に集中しておいでだろうから、興味本位で見つめられるという恐れはなかろうが、それでも“人の目”があるには違いなく。何かの拍子に、
『あれれぇ? こんなところに業者でもない車が何しに来たのかな。』
不動産会社の営業マンが購入予定のお客様を連れて、現地説明にって来たのかな?…なんてこと。その胸中にて漠然と思いつつ、車を眺めやるような、大工のお兄さんが絶対いないとも限らない。
「もう少し先に、春先に完成した区画があるみたいだ。」
ここいらの最新の地図をナビに呼び出し、怪しいと思われるところをチェックしていたのは、こちらも負けじと心配している、ロロノアさんチのゾロの方。こちらのお宅のルフィさんは、見かけほど子供ではないし、何となれば…ただ今このレンタカーを運転中の金髪碧眼の元ブラック・エージェントさんと一緒に、結構危険なあれこれを掻いくぐってた身だったってこと。何という奇遇か、それともそれくらいは当たり前のことなのか。期せずして…こちらさんでもしっかり思い起こしているのだが、
“だからってことで、無茶とかしでかしてなかろうな。”
怪我をしてもすぐに治った身だったのは、もうずんと前のこと。さすがに、このサンジほど、気が遠くなるほど永の歳月を“そう”だった訳じゃあないからか、今は普通の生身の身なのだと、本人もさすがにちゃんと自覚していたようだったけれど。そもそもからして、こんな事態が訪れるなんて、別格ものの“例外”だから。一般の日常からは起こり得ない状況に取り巻かれることで、昔取ったきねづかとやらがムクムクしないとも限らない。今回ばかりは大人しく震えててくれないかしら。ああでもそうなると、そうまでの反応が出るのは、怖い想いをしているからだよな。それもまた、ゾロいとっての“冗談じゃない事態”には変わりなくて。
「…? どんくらい入ればいいんだ?」
急に黙りこくってしまったゾロへ、運転席からサンジが声を掛け、
「あ、ああ、えっとだな。」
我に返って、慌てて画面を見据え直すお兄さん。想いは同じで、どうか無事で。お元気なお顔、早く見せてと、祈るような想いのままに。いいお日和だが閑散とした、夏の別荘地(現在造成中)を、重苦しい空気をまとったままにて進んでく、彼らだったりしたのである。
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*さあさあ、こちらのお話もいよいよの佳境です。
夏の初めのお話にいつまでかかっていることか…。(とほほん) |